川中島町の生い立ち     ・・・ 今井区史より抜粋

川中島地区は、戦国時代に甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が戦った川中島合戦の戦場にもなったが、松代城代遠江守花井吉成(徳川家康の六男:松平忠輝の家老)により川中島平に用水路が整備され、豊饒な二毛作地帯となった。
江戸時代末期には北から四ツ屋村、上氷鉋村、今里村、今井村、原村、藤巻村飛び地、上布施村、下布施村、戸部村があった。
明治22年 町村制の施行により、上氷鉋村(翌年笹井村に改称)、今里村、中津村、御厨村の四村になる。
大正13年 笹井村と今里村が合併して川中島村となる。
昭和30年 中津村と御厨村が合併して昭和村となる。
昭和31年 川中島村と昭和村が合併して川中島町となる。
昭和41年 篠ノ井市、松代町、若穂町、更北村、七二会村、信更村と共に長野市に合併する。

<市町村合併の遷移>

   
 

 川中島合戦

 
 川中島住民自治協議会から東に約2.5Kmのところに古戦場史跡公園があります
 
 

戦国時代、甲斐の虎=武田信玄と越後の龍=上杉謙信、両雄が激突した川中島合戦は全国的に有名ですが、昭和44年のNHK大河ドラマ「天と地と」の放映された頃に、武田軍が本陣を置いたあたりが「八幡原史跡公園」として整備されました。公園名は平成29年7月に「川中島古戦場史跡公園」に変更されました。隣接する八幡社にある信玄と謙信の一騎打ちの像は歴史ロマンを感じさせてくれます。
12,000㎡の築山状芝生広場、自然石を配した小川のせせらぎ、古風な茅葺き屋根のあずまやなどがある園内は、市民の憩いの場で、市立博物館もあります。春は桜の名所にもなっています。

⇒ リンク 川中島古戦場史跡公園

 
  

 川中島白桃

 
 

桃の王様「川中島白桃」は川中島町四ツ屋の池田正元氏が昭和30年代に自園で桃の品種改良を進める中で発見した桃で、全国でも3番目に多く栽培されている品種です。

鮮やかな紅色で大玉、見栄えも良く甘味が強く日持ちもするので、贈答用として人気があります。

「川中島白鳳・黄金桃」も池田正元氏によって生まれた品種です。

 
 ※ 川中島白桃の原木はこちらです
 
  

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